あわや、オホーツクの藻屑!? 〜 北海道自動車旅行 その5

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8.北海道6日目

 明け方になるにつれて寒さはどんどん増してきた。熟睡できないのであればテントの中でぐずぐずしていても仕方がない。 そこで、ひとまず根室半島の先端にあるノサップ岬まで朝日を見に行くことにした。テントを乾かさなければいけないことも あったので、ひとまずテントはそのままにしておいた。日本の最東端である根室半島の先端ノサップ岬までは、根室市から ちょうど半島を一周するように道が続いている。稚内のノシャップ岬と間違えやすい名前であることは先に も書いたが、漢字で書くとこちらは納沙布、あちらは野寒布となるので、やはり漢字の表記のほうがわかりやすい。といっても、 北海道の地名はアイヌ語の音に漢字を当てはめただけで、文字そのものがその土地の特徴を表しているわけではない。ノシャッ プ岬は、さすがに日本の最東端として観光地になっているだけあって、北方領土四島返還のモニュメントとして大きなアーチが あったり、平和の塔というタワーがあったりで、およそ地の果てという寂しさを感じるような荒涼とした風景は微塵もなかった。 海の向こうには、歯舞群島が波間に見えた。観光施設を視界から排除し、こうして断崖と灯台と海、そしてロシアの島々を見て いると、やはりここが最果ての地なんだということを実感した。あいにくここは一本道ではないので、ここで道が果てるという 雰囲気はなかったが、それでも少なからず相泊や野付半島で感じたものが胸に去来した。
 根室半島を反時計回りにぐるっと回って根室に戻ったが、途中道路の両側が馬の牧場になっているところがあり、体のがっし りした大きな馬たちがのんびりと草を食んでいた。これが道産子というやつか。サラブレッドと比べて足は太く、ずんぐりむっ くりでスマートとはいいがたいが、やさしそうな目と丈夫そうな体格が農耕馬としての歴史を強く感じさせた。
 キャンプ場に戻ってみると、テントはきれいに乾いていた。そそくさとテントをたたんでから、今日の予定を決める ことにした。とりあえずは、道東の見所である摩周湖、屈斜路湖、阿寒湖などの道東三湖巡りと、釧路湿原だ。釧路経由で摩周 湖から阿寒湖へとめぐるか、その逆か。先に釧路に行ってしまうと、今夜の宿を道東三湖の湖畔にある観光地で探さなければな らなくなる。昨日の寒さにすっかり懲りて、今日はさすがにキャンプをする気にはなれない。観光地の宿は高そうなので、やは り最後に釧路湿原を見て、夜は釧路市内のビジネスホテルに泊まるのがいいだろう。根室半島の付け根から西側には広大な牧草 地帯が広がっているが、地図を見ているとその真ん中を南北に貫く道道123号線が通っている。ドライブにはよさそうなルートだ。 そこで、国道44号線を西へ向かい、浜中から県道123号線に入って別海町まで北上し、国道243号線を使って摩周湖と屈斜路湖を 巡ることにした。その後は、またそのときに考えればいい。
 根室から西へ延びる国道44号線はかなり気持ちのいい道ではあったが、道道123号線は予想通りの爽快なドライブルートだった。 北海道ではもう秋といえる時期なので、道の両側に広がる牧場には刈り取られた牧草が丸い塊となって置かれていた。その多く は白もしくは黒のビニールでくるまれていたが、中には白と黒の縞模様のようになっているものもあって、なかなか面白い光景を 見せてくれた。ゆったりとしたアップダウンの道がまっすぐに緑の牧草地帯の中を貫いており、交通量もまばらで非常に爽快だっ た。これで抜けるような青空に白い雲がぽかぽか浮かんでいたらどんなにか気持ちいいことだろう。台風の影響がまだ残っている のか、空は相変わらず雲に覆われていた。昨日の夕方は快晴だったので、てっきり天気は良くなると思っていたのに残念だ。
 別海町で国道243号線に入り、摩周湖に向けて次第に高度を上げる道をのんびりと走り続けた。長い坂道を登りきったところで弟 子屈町に着いた。ここから摩周湖までは再び上りの坂道だ。道道52号線に入り、しばらく走ると道はつづら折れの急勾配になった。 いよいよ摩周湖の外輪山に取り付いたのだ。その途中、道路上をうろうろしている動物に出会った。犬かと思ったが、よく見れば キタキツネだ。知床で出会ったキツネよりも人間慣れしているようで、車が近づいてもまったく逃げようとしない。そればかりか、 逆に近寄ってくる。どうやら餌がもらえると思っているらしい。おそらく多くの観光客がお菓子などを車窓から投げ与えているの だろう。しかし、それはキツネにとって幸せなことではない。人間の食べ物は野生の動物にとっては塩分が過剰であったりして良 くない場合が多い。反対に人間にとっても都合の悪いこともある。キタキツネはエキノコックスという寄生虫の宿主であり、うか つに接触するとこれに感染する危険性がある。エキノコックスは、肝臓に寄生してそこで増殖し、最後は肝不全を引き起こして人 間を死に至らしめる。もしも、キツネが人間に慣れすぎてお菓子などを与えるときに直接手からもらうほど近寄ってくるようにな れば、万が一にも感染することがあるかもしれない。どちらにしても、双方にとってあまりいいことはない。もちろん、野生動物 が身近に見られるのは楽しいことだが、物乞いのように車の周りをうろつくキツネの姿には、野生動物のもつ凛々しさを感じられ ない。キツネのために良かれと思ってのことかもしれないが、必要以上に自然に介入しない付き合い方を、人間のほうが学ぶべき だろう。
 急な坂道の上には、大きな駐車場があるレストエリアがあった。摩周湖第一展望台だ。摩周湖を見るには絶好のポイントらしい。 有料駐車場であったが、早朝であったため料金所には誰もいなかった。これ幸いに、車を停めて展望台に登ってみた。眼下には静 かな湖面がはるか彼方まで広がっていた。そそりたつ外輪山に囲まれた、秘められた湖という雰囲気だ。霧の摩周湖といわれてい るが、これほどあっさりとその姿を見ることができると、やや神秘的というイメージは薄まってしまう。反対に、霧にかすむ姿も 見てみたいという気さえしてくる。そうはいっても、真っ白で何も見えないのでは意味がないので、初めて来て湖面まできちんと 見えたのであれば、素直に幸運に感謝したほうがよさそうだ。ただ、どんよりとした空だけが残念だった。
 それにしても寒い。15分ほど展望台にいると結構体が冷えてしまった。地図によると、第一展望台の先には第三展望台があるよう なので、今度はそちらに行ってみることにした。車に戻ってヒーターをかけて、少し体を温めてから出発した。第三展望台までは たいした距離はなく、すぐに到着した。第一展望台に比べると規模も小さく、売店もない。しかし、駐車場は無料だし、人も少な くて静かに摩周湖を眺められるので、ゆっくりしたい人には第三展望台のほうがいいだろう。眺めはどちらの展望台もいい。ちな みにどういうわけか第二展望台というものはない。ちょうど反対側の外輪山のほうに裏摩周展望台というのがあるらしいので、そ ちらが第二展望台という扱いになっているのかもしれない。
 第三展望台を後にして、今度は屈斜路湖方面へと下っていった。道道52号線は屈斜路湖の東岸にそって走っており、これを南下す るルートを取った。屈斜路湖岸に出る前に、硫黄山という活火山があったので、ちょっと立ち寄ってみることにした。標高はわず か512mの火山だが、山麓の比較的平地に近いあたりから硫黄を含んだ噴気が何箇所も噴出しており、地球内部の活動の一端を垣間 見ることができる。ただし、噴出口の近くに長くいると硫黄臭さで頭が痛くなるので、早々に退散することにした。
 屈斜路湖畔には無料の温泉露天風呂がたくさんある。道道52号線沿いにも北から順に砂湯、池の湯、コタンの湯というのがある。 砂湯というのは湖岸の砂浜を掘るとお湯が染み出してくるというもので、ちゃんとした湯船が設置されているわけではない。もっ とも、自分で砂浜を掘って湯船を作るとなるとかなり時間がかかるので、最近は木枠で囲った湯船が砂浜に設置されているとのこ とだが、更衣室というものは一切ないので、水着がないとつらいところだ。池の湯は、庭に作られたコイの池のような湯船で、小 さな更衣室もあるにはあるが、お湯の温度はかなり低い。夏場でないとちょっとつらい感じだ。湯船はかなり大きく、こぶし大の 石を敷き詰めてあるが、コケがびっしりとついていて、本当に庭園の中の池のような雰囲気があってあまり風呂らしくなかった。 コタンの湯は、岩風呂風の湯船があって、湯温も40度とちょうどいい。一番風呂らしいところだ。ちゃんと男女別の更衣室があり、 一見別々の風呂のようだが、湯船の真ん中に大きなついたてのような石があるだけで、完全には仕切られていない。湖側の部分で は人一人が行き来できる程度の隙間があって湯船はつながっているので、女性の場合は明るいうちに入るにはやや抵抗があるかも しれない。それに、どこも湯船の中はあまりきれいとはいいがたい。砂湯は入浴していないのでわからないが、池の湯の場合は、 コケがすぐに浮き上がってくるので、あまり風呂に入っているという感じがしない。コタンの湯の場合は、お湯の中にごみのよう なものが漂っていたが、湯の華というよりは汚れが漂っているという感じだ。何事も経験ということで、興味があれば入浴してみ るのもいいかもしれないが、正直に言ってしまえば、あまりおすすめはしない。
 露天風呂めぐりも終わり、屈斜路湖畔に沿った道が国道243号線に合流するところで車を停めた。次の目的地を決めなければなら ない。先に阿寒湖を見て、それから南下して釧路へ向かうというルートもある。しかし、すでに午後2時をまわっていたので、阿 寒港経由だと釧路につく頃には夜になる可能性が高い。日がくれてから宿を探すのはちょっとつらい。そこで、弟子屈町から道道 53号線を南下し、釧路湿原の北に広がるコッタロ湿原を経由して直接釧路に入ることにした。それなら夕方には市内に入ることが できる。
 国道243号線を弟子屈町まで引き返し、そこから道道53号線を南下した。丘陵地帯を縫うように走る道は気持ちよかった。道道53 号線が国道274号線と合流する交差点を右折して数km走ったところで、今度は左折した。まったくマイナーなローカル道路を南下 していくと、やがて未舗装の道になった。ちょっとした丘陵の側面を削って作った道路からは、眼下に広がる広大な湿原が見えた。 しばらく行ったところに「コッタロ湿原展望台」という看板が立っていた。見ると、長い登り階段が道の脇から続いていた。上ま であがると眺めはかなりよかった。まったく人の気配のない広大な湿原は、ただひたすら黙ってそこに横たわっていた。鳥の声も、 虫の音も聞こえない。風の音すらしない。静か過ぎる。なぜか少し居心地が悪くなったような気がした。当時は、まだ山に登るこ ともしていなかったので、騒々しい東京のノイズに体が慣れきっていたのかもしれない。山に入ればこの程度の静けさはあたりま えだが、騒がしさに慣れた身には静寂がプレッシャーとなってしまうということがあるようだ。都会の人が急に田舎に行くと、夜 静か過ぎて眠れないということがあるが、まさにそういう感じだった。
 展望台から先の道は、湿原の中を流れる清流に沿った道で、展望台で感じた居心地の悪さはすっかりどこかに行ってしまった。水 面と道路の高さにほとんど差がないので、きれいな流れを見ながらドライブを楽しむことができた。未舗装路とはいえ、道は比較 的平坦で快適だった。こんなところをカヌーで下っていけば気持ちいいだろうなどと思いながら進んでいくと、突然道が川の中に 消えていた。「えっ!?」と思ってよくよく見ると、川の水があふれて道路が水没していたのだ。この頃には道はアスファルト舗 装になっており、幸いにも濁流にはなっていなかった。水深もせいぜい数cm程度だったので、道もある程度見えていた。道をは ずさないように慎重にゆっくりと車を走らせ、釧網本線の踏切を越えて乾いた道路に出たときには、ほっと胸をなでおろした。少 し時間がたつと、安心して余裕が出てきたのだろう。ちょっとした冒険をやり遂げたような高揚感が沸いてきた。普通乗用車で水 没した道なき道のようなところを突破したのだから、そんな気持ちになるのもわからないでもない。なかなか貴重な経験だった。
 湿原の中を走る道から国道391号線に入り、あとは釧路目指して南下するだけだ。途中ちょっと横道に入ってみたら、牧場の中に シカの群れがいるのを見つけた。まさかシカの牧場というわけではないのだろうが、他には馬も牛も一頭もいなかったので、まさ に彼らの専用牧場のような状態だった。子鹿らしきものも混ざっていたようなので、おそらくファミリーだったのだろう。 再び国道に戻り、釧路を目指して走り出した。太陽はかなり西に傾いており、日没が近い時刻だった。釧路市街に入ったところで 公衆電話を見つけた。電話帳でホテルを探して電話をかけたら、すぐに部屋の予約ができた。1泊5,000円程度のビジネスホテルだ。 宿が決まったところで、日没までの時間を使って、釧路湿原まで行ってみることにした。まだ暗くなるまで一時間ばかりある。湿 原を見て帰ってくるだけなら十分だ。
 釧路湿原の西を南北に走る道道53号線の途中に、釧路市湿原展望台がある。この展望台は小高い丘の上にたっており、広大な釧路 湿原を一望できる抜群のロケーションだ。あいにく17時を回っていたため、展望台館内には入ることができなかった。駐車場の脇 からでも十分湿原を眺めることはできるが、やはり一望というわけにはいかない。建物のすぐ脇からは遊歩道が伸びており、その 先にはどうやら展望台があるらしい。全長2.5kmの遊歩道ということなので、行って帰ると30分以上かかりそうだが、とりあえず 行ってみることにした。夕暮れの迫る森の中に伸びる遊歩道をたどっていくと、ぱっと視界の開けた場所に出た。丘の東端に出た のだ。そこには湿原を一望できる木製の展望台があり、そこに登ると眼下に広がる湿原を見渡すことができた。夕暮れが迫りつつ ある釧路湿原は、コッタロ湿原と同じように静寂に支配されていた。暮れてゆく湿原をしばらく眺めた後、どうせだからと来た道 を戻らずに遊歩道を一周する方向に歩きだした。しかし、これが結構長い道のりで、途中ですっかり日が暮れてしまった。かすか に残る薄暮の中を早足で一生懸命歩き続けてようやく駐車場に戻ってきたときには、完全に夜になっていた。
 やれやれと思いながら車に戻り、釧路市内にとって返した。ホテルは大通りに面したところにあり、すぐに見つかった。駐車場は わずか数台分しかなかったが、平日で他に宿泊客はあまりいなかったのか空いていた。部屋の窓を開けるとすぐ隣のビルが立ちふ さがっておりあまりいい部屋とはいえなかった。混雑しているわけではないのだから大通に面した側の部屋にしてくれればいいの にと思ったが、どうせ寝るだけだから窓の外を眺める必要もない。それよりも食事が先だ。通りの向こうは飲食店がならんでいる ようなので、ホテルを出て安そうな店を探してみた。しかし、あるのは飲み屋と風俗関係の店ばかり。どうやら夜の街らしい。一 人で飲み屋に入るのもあまり気が進まないので、結局少し先にあったコンビニで弁当とビールを買ってホテルに戻った。

9.北海道7日目

 翌朝、ホテルを出るとまっすぐ阿寒湖に向かった。阿寒湖へは国道240号線をまっすぐ走ればいいだけだ。距離にして40km強なので、 1時間もかからないで到着した。阿寒湖ビジターセンターの周辺は観光地らしい雰囲気で、土産物屋がたくさん並んでいた。アイヌ コタンというアイヌ民族の集落もあったが、店構えがそれらしいというだけで、実際にはアイヌのお土産を売るお店が商店街のよ うに並んでいるだけだった。あまり興味がわかずそのまま通り過ぎて、土産物商店街を抜けたところで車を停め、歩いて湖畔まで 行った。この日も天気はすっきりしない状態で、阿寒湖の対岸にそびえる雄阿寒岳はくっきり見えているものの、空はびっしりと 雲に覆われていた。面白いことに湖上の低いところに一筋の雲が浮かんでおり、雄阿寒岳は上下二つに切り分けられたような状態 になっていた。
 雄阿寒岳の向こう側には、パンケトウ、ペンケトウという二つの湖があり、観光地化されていない森の中の静かな湖だということ だった。地図で見ると林道のような細い道が続いていたので、車でいけるものと思い先に進んでみたが、林道入り口らしきところ は鎖で車の進入ができないようになっていた。阿寒湖半の森の中は気持ちのいいところだったが、紅葉にはまだ早く、どんよりと した天気の下では気持ちももうひとつ弾まないので、さすがに歩いてまで行ってみようという気にはならなかった。そうなると、 阿寒湖はもうおしまいだ。これ以上長居をする理由もない。パンケトウ、ペンケトウに行けないのであれば、代わりにオンネトー に行ってみることにした。オンネトーは阿寒湖の西にある雌阿寒岳の西山麓にある湖で、季節や見る角度によって湖面の色が五色 に見えるというので五色沼とも呼ばれる。
 阿寒湖から国道241号線にのって、足寄方面に少し下ったところで左折。森の中を下っていくと、静かな湖面が見えた。水そのもの に色がついているようで、天気が悪くても青々とした水をたたえた湖だった。湖畔の道を走っていると、展望台の案内看板が見え た。駐車場も整備されていたので、車を停めて登ってみることにした。長い階段と急な上り坂を登っていく途中、すぐ上の木から 大きな鳥の鳴き声がした。見上げてみるとどうやら雌キジらしい。木の枝にとまって鳴き声を上げていた。すぐ下に人間がいるの に逃げようともしない。このあたりも野生動物と人間のいい関係が保たれているようだ。
 長い坂道を登りきったところは、大きく開けていた。森の中に青い湖が横たわっているのが見えた。湖の向こうには噴煙を上げる 雌阿寒岳がどっしりとした体を見せていた。摩周湖の展望台のように、湖を一望するというほどではないが、眺めとしては悪くな い。ただし、苦労のわりにはもうひとつ開放感に乏しい。しかし、オンネトーは遠くから眺めるより近くから見たほうがいいと思 う。というのも、青く透き通った水の中に倒木が横たわっているような場所があったりするからだ。展望台から眺めただけでは、 このような場所があることはわからない。湖畔をめぐる道をゆっくりと走りながら、気に入ったところで車を停めてみるという楽 しみ方が似合う場所だと思う。
 オンネトーを見て回ってから、国道241号線にもどった。これにて北海道旅行は事実上おしまいだ。あとは再び函館に戻るだけだ。 もちろん、まだまだ立ち寄りたいところはあるが、休暇は残り2日しかない。今日は、行けるところまで行って一泊し、明日は青森 に渡ってひたすら東京を目指す。このまま国道241号線を足寄町までたどり、そこから帯広を経由して日勝峠を越えて日高町へ入り、 国道237号線で太平洋側の門別町へ出るルートが最短ルートのようだ。帯広から海岸線に出て襟裳岬経由というルートにも未練が あったが、日高山脈の南端にある襟裳岬を経由するとかなり遠回りになりそうだったので、今回は見送ることにした。
 帯広の東側にある池田町は、ワインで有名なところだ。池田ワイン城というワインの醸造工場を見学することができ、無料で試飲 もできるということなので、ちょっと立ち寄ってみることにした。近代化された醸造工場の中では、ボトリング工程はオートメー ション化されており、ワインを詰められたビンが絶え間なく流れていた。衛生的で好感が持てるが、やや味気ない雰囲気もある。 見学ルートの途中で、出来立てのワインの試飲コーナーがあった。車でなければ各種のワインを存分に飲みたいところだが、すぐ 顔に出ることもあって飲酒したことはばればれになってしまう。白と赤をそれぞれ一口味わっただけで我慢することにした。池田 ワイン城の中には地元の牛を使ったステーキレストランもあり、それは見ているだけでよだれが出そうな肉だったが、価格もそれ なりだったのでそそくさと出ることにした。お昼は帯広まで行って、名物の豚丼でも食べよう。どんぶりものなら500〜600円程度 で食べられるだろう。
 池田町から帯広市まではわずか15分程度で着いた。帯広駅前にある豚丼で有名な店に入ってみたら、なんと松竹梅の梅で850円もす る。食べてみるとなるほど悪くない味だが、感激するほどうまいというほどでもない。名前が売れてしまったがために少々高くて も客が来るのだろうが、もう少し良心的な値段でもいいのではないかと思ってしまった。名物にうまいものなしといわれるが、少 なからず当たっているのかもしれない。価格対満足度でいえば、吉野家の牛丼のほうに分があると思う。とりあえず、名物も食べ たしおなかも膨れたし、気持ちはそれなりに満足だった。
 帯広からは、函館目指してひたすら走り続けた。日高町を抜けてようやく太平洋を見たときはすこしほっとした。あとは、海岸沿 いに西を目指すだけだ。苫小牧からフェリーで東京まで一気に帰るという手もあったが、今回は最初から最後まで自分で車を運転 して回りたいという気持ちがあったので、とにかく函館を目指すことにした。
 登別温泉が近づいてくる頃には夕暮れが近づいていた。北海道最後の夜ぐらい温泉宿に泊まるというのもありかなとも考えたが、 無用な出費はなるべく抑えることにして、室蘭まで行くことにした。室蘭で部屋を取ったビジネスホテルの近くに、漁師の番屋の ような雰囲気のある居酒屋があったので、一人でふらっと入ってみた。平日で時間も早かったので他に客もなく、カウンターに座 ると若い板さんと一対一になった。生ビールを注文してから、ホッケを頼んだ。出てきたホッケは東京の居酒屋などで出てくるも のの3倍はありそうな大きなホッケで、身も厚く歯ごたえもあり脂が乗ってすごくおいしかった。やっぱり北海道は違うなあと感激 しながら食べていると、板さんがいろいろと話しかけてきた。ほかに客がいなくて暇だったのだろう。東京から来たこと、車で北 海道をぐるっと回ってきたこと、台風でえらい目にあったことなどいろいろと話しをしていると、何かの魚の皮を干したものを軽 くあぶって出してくれた。サービスですとのことだったのでありがたくいただいた。さすがに板さんが勧めてくれただけあって、 酒の肴としてはかなりおいしいものだった。ビールをもう一杯飲んでから、最後にいくら丼を食べた。口の中でぷりぷりとはじけ るいくらの感触に、これは新鮮でいいいくらだということがわかった。ご飯もうまく炊き上がっている感じで、かなりレベルの高 いいくら丼だった。しかし、お会計をしてみてびっくり。なんと4,500円というではないか。そういえばこの店、メニューに金額 が書いてなかった。ぼったくりというわけではなく、材料が時価だったのだろう。ビール二杯で1000円、突き出しが300円としても、 ホッケといくら丼で3,200円もしたことになる。ホッケが1,200円、いくら丼が2,000円というところだろうか。大きさや味を考える とそれほど高いということはないが、予想外の出費だった。まあ、最後の夜だし少しぐらいの贅沢は良しとして納得することにした。

10.北海道8日目

 翌朝一番に地球岬に立ち寄った。ただしくはチキウ岬というそうだが、漢字では地球岬という表示になっている。アイヌ語でチキウ というのがどういう意味かわからないが、地球岬という当て字は見事なほどその雰囲気を言い表している。太平洋に突き出した岬の 突端に灯台があるのだが、その灯台を見下ろす高台からの眺めは、まさに地球を眺めているといってもいいぐらいの展望なのだ。わ ずかに湾曲した水平線が地球の丸みを実感させてくれる。晴れた日には青森県の下北半島まで見えるという。快晴の空の下で見てみ たい景色だが、今日も空は曇っていた。といっても結構明るい曇りなので、それなりに爽快感を感じることができた。
 北海道を発つ日にこうした景色にめぐり合えたことを感謝しつつ、室蘭を出発した。大きな内浦湾に沿って国道37号線を走っていく と、やがて長万部町に着いた。国道37号線はここで国道5号線と交わり、終わりになる。1週間前にここから国道5号線を通って札幌 に向かったところだ。広い北海道を一周したんだということを実感した瞬間だった。と同時に、旅の終わりが近づいたことも感じた。 ここから先は初めての道ではない。一度通った道を逆にたどって戻るだけだ。そう思うと、少しだけ気持ちが沈んだ。
 長万部から函館までの道のりは、気持ちがのらないドライブとなった。函館に着いたときはまだ日も高かったので函館の町をゆっく り見て回ってもよかったのだが、気持ちがのらなかったこともあり、そのまま青森行きのフェリーに乗り込んだ。フェリーが離岸し、 函館の町が少しずつ遠ざかって行くのを見ていると、後ろ髪をひかれるような思いがわいてきた。後半は台風のおかげで天候に恵ま れず、なんとなく不完全燃焼のような気持ちが残った。北海道の広大な自然を、爽快な空の下で満喫できていたら気持ちはもっと違 うものになっていたかもしれない。それなら、来年また来ればいい。そうだ、何もこれが最初で最後というわけではないのだから、 もう一度来よう。
 青森でフェリーを降りて、乗ってきた船を見上げたとき、終わったなあという気持ちでいっぱいになった。とりあえず、事故もなく 病気もなく無事旅を終えることができたことに感謝するとともに、故障することもなく行きたいところに連れて行ってくれた愛車に も感謝した。しかし、ここからまだ700kmの長旅が待っている。愛車には、もうひとがん張りしてもらわなければならない。アイド リングは安定しており、エンジンの調子は快調だ。すでに誰もいなくなった埠頭には、大きなフェリーだけが残っていた。静かな埠 頭に別れを告げて、僕は東京に向けてアクセルをゆっくり踏み込んだ。

おわり

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