あわや、オホーツクの藻屑!? 〜 北海道自動車旅行 その3

注)文章が長すぎて読みづらい場合は、Windowの幅を狭くしてご覧ください。

5、北海道3日目

 真夜中に目が覚めてしまったのを幸いに、日が昇る前にサロベツ原野まで移動することにした。地図で見た限りでは、 1時間もあれば楽勝だと思っていたのだが、それほど甘くはなかった。行けども行けどもサロベツ原野は近づいてこないよ うな気がする。地図の縮尺をもう一度確認しておおよその距離を計算してみると、なんと留萌市からサロベツ原野まで直線 距離にして100km近くもあるではないか。仮眠をとった道の駅は留萌市からそれほど離れていないので、実際の走行距 離もほぼ同じぐらいなのだろう。とすると、やはり2時間強は見ておかないととても夜明け前には到着できないことになる。 深夜の北海道の道は、とにかく空いていてしかも走りやすい。真夜中であることをいいことに、ほとんど高速道路の感覚で 車を走らせた。もちろん、人家があるところではそれなりに速度を落とすが、人家が途切れてしまうと、無意識のうちにス ピードは上がってしまう。せっかくだからやはり荒涼とした原野の向うから昇る朝日を見てみたいという気持ちが、ついつ いアクセルを踏む足に力をこめさせてしまう。
 荒野とか原野というものを実際に見たことがある人は日本にはあまりいないと思うが、僕もそのうちのひとりだ。富士山 の裾野あたりにはそれっぽいところもないわけではないが、どこに行っても人口建造物は視界の中に必ずといっていいほど あるし、本当に見渡す限り人の痕跡のない場所に立ってみたいという欲求が、僕の中にはかなり昔からある。そんなことか ら、パリ=ダカール・ラリーに憧れたりもした。ラリーでなくても、いつかはサハラなりタクラマカンなり、砂漠とよばれ る場所で何日か過ごしてみたいし、砂漠でなくてもチベットやモンゴルのようなところでもいい。とにかく、困ったらすぐ 何とかなるようなところではなくて、自分ひとりの力ですべての物事を解決していかなければならないような場所で、時間 を過ごしてみたいのだ。そういう極限のような状況で、いったい自分には何ができるのか、どうなってしまうのか、それを 知りたいという気持ちがある。本当の自分を知るだけでなく、自分という人間の知識と体力が、自分自身の生命を維持して いけるだけのレベルにあるのかどうかも確かめたいのかもしれない。僕が単独行で山に登るのも、そうした意識がどこかに あって、限定的ではあるが自分の限界をすこしづつ試しているのではないかという風に思っている。まあ、見方を変えれば 一種のマゾヒストなのかもしれないが・・・
 一生懸命車を走らせて、ようやく空が白んでくる頃に、サロベツ原野の南端に位置する天塩町に到着した。国道232号 はここから内陸部に入り、サロベツ原野の東側に沿って稚内まで続いている。ここからは、海岸沿いにサロベツ原野の西端 を突っ切って稚内まで伸びる天塩−稚内ルートをたどる。この道は、海岸沿いに広がるサロベツ原野の中をまっすぐに伸び ていて、総延長は約63km。そのうちの2/3ほどは、ほぼ直線に近い状態で、左手には海、右手には原野という見事に何も ないところだ。あきれるほど何もない原野に伸びる道を、ただただ感動しながら走りつづけた。あたりは闇から紺色に、そ して冷たい青色へと色を変えていく。右手に広がる荒涼とした原野も次第に詳細が見えるようになってきた。天塩町に近い あたりでは、牧草地として利用されているところも見られるが、町から離れるに連れて次第に人間の痕跡は減っていき、つ いにはただの原野となった。
 そろそろ日の出が近い。どこか写真を撮るのに適当な場所を探さなければならない。はじめは、道沿いにある駐車スペー スに車をとめて、数百メートル先にある砂丘林の向うに昇る朝日を狙おうかと思ったが、砂丘の向うがどうなっているのか が無性に気になり始めた。しばらく走ると、砂丘林を越えてサロベツ原野の中心部に向かう道が現れたので、迷うことなく その道に車を乗り入れた。狭い道だがきちんと舗装もしてあるし、行き止まりではないだろう。砂丘林を越えたら、それこ そ何もない原野が広がっているものだとばかり期待していたのだが、残念ながらこの期待は見事に裏切られた。そこにあっ たのは、広大な牧草地だった。もちろん、新興の住宅地が広がっているよりは断然ましなのだが、それにしても牧草地になっ ているとは・・・ かなりがっかりしながら車を走らせていると、先のほうに鉄塔のようなものが見てきた。近づいてみる と、なんと展望台だった。下サロベツ原野園地展望台というもので、高さは20mぐらいあるだろうか。その隣には、幌延 町ビジターセンタ−という建物があり、裏手にパンケ沼という大きな沼が広がり、木道が整備されていた。とりあえず、こ の展望台から朝日を狙うことにして、カメラと三脚を持って展望台に登った。あたりを見渡してみると、360度の風景が広 がっていた。

 東を向いて立つと、見渡す限り牧草地で、刈り取られた牧草が白いビニールにくるまれたバームクーヘンのよ うになってあちらこちらに転がっていた。振り返ると湿地帯のような沼が眼下にあり、その周辺はやはり牧草地だった。遥 か彼方の砂丘林の向うに、富士山のようなきれいな円錐形の山が見えていた。なんだろうと思って地図を見ると、日本海に 浮かぶ利尻島の中心にそびえる利尻山だった。"あれが利尻富士か" そう思って見ると、ようやく日本の北端に近いところ に自分がいるのだということが実感できた。
 やがて東の空はオレンジ色に染まり始めた。意外と雲が多かったので、朝焼けは無理かと思ったが、雲の高さがかなりあっ たようで、うまい具合に雲が赤く染まり始めた。それは染まるというよりも赤いインクがしみわたるように徐々に雲の色が 変わっていくといったほうがいい感じの変化であり、かつて見たことがないほど見事な朝焼けの空が出現した。しかも、魚 のうろこのような雲が広がるその真中あたりに、まるで台風の目のようにぽっかりと抜けたところがあり、そこだけが白々 しく色が抜け落ちたようになっている。見事というよりもどこか奇妙な朝焼けの空だった。昔の人間だったら不吉な予兆だ と思うかもしれない。
 なんともいえない不思議なものを見たかのような、どこかピントがあっていないような、そんな気持ちが残る朝焼けをフィ ルムに納めたあと、日の出の瞬間は隣に広がる沼越しに撮ろうと考え、展望台を下りた。道路を横切ってビジターセンター の横から続く木道を50mもあるくと、きれいな沼が現れた。木道は沼の中をまっすぐ伸びており、しばらく行くと行き止ま りになっていた。
 木道を歩きながら朝日の出る方向を確認して、手前にススキが入るポイントを選んでカメラをセットした。背後には、うっ すらと利尻富士が青い影を見せていた。低い山の端から太陽が顔出し、一日が始まった。多少ガスっていたせいか、どうも 光が少し弱々しく、朝日というよりも夕日のような雰囲気の写真となってしまった。

 考えてみれば、朝日と夕日は基本的に同じ現象だが、人間の目にはやはりどこか違って見える。単に、暗いところから明 るいところに出るのと、明るいところから暗いところに入るのと、感覚が異なるということなのかもしれないが、やはり朝 日の光はまぶしく、力強く、1日の始まりや生命力の象徴のようなものを感じるが、夕日は有終の美といえば一番的確かもし れないほど、その一瞬の輝きがはかなく、それゆえに切ないほど美しい。写真を撮る以上、そういう人間の感覚も表現でき れば最高なのだが、なかなかそこまで表現するのは難しい。しかし、これはやってみる価値は十分あるテーマだ。今後は、 そのあたりを考えて撮ってみよう。個人的には、夕日のほうが好きだし、早起きは苦手なので、写真の数としては自然に夕 日が増えていくことになるとは思うが・・・
 朝日もすっかり昇り、あたりは夏の名残をとどめる日差しに満ち始めた。カメラを置いたまま、沼の中に伸びる木道を一 回りしてみた。一回りといっても行って戻るだけだが、これがなかなか気持ちのいい場所で、朝のひんやりと湿った空気と 小鳥の声が気持ちいい。カヌーで沼を1周することができればもっと気持ちよさそう。
 沼から戻ってカメラを片付けると、さすがにお腹が減ってきた。稚内まで行かなければおそらく朝食にはありつけない。 天塩−稚内ルートまでもどって、ひとまず稚内を目指すことにした。
 日が昇ってあたりの風景が見えるようになって天塩−稚内ルートを走ると、夜明け前に走ってきたよりももっと楽しめる 道であることがわかった。この道は、一方に日本海と利尻富士、もう一方にサロベツ原野を見ながら走る、電柱もガードレー ルもひたすら何もない道だが、少なくとも日本ではまず経験できない大陸的雰囲気を味わえる数少ない場所のひとつだろう。 サロベツ原野も南のほうは牧草地だが、北に行くとまさに原野という表情になる。どこに行っても何かがある日本で、何も ないことを気軽に体験できる。

 通常、何もないところに行くには、2日間ほど歩いて山の中に入らないと難しいが、ここは車 で訪れることができる。田舎の観光地というととにかく目玉の施設を作りたがるが、何もないことを売り物にする観光地が あってもいいのではないか。わざわざ日本から何もないような外国に出かけていく観光客が少なからずいるのであるから、 すべての観光客が温泉とみやげ物とおいしい食べ物だけを求めているわけではないのだ。どこにでもあるような施設を作る ぐらいなら、電柱を道の下に埋設したり、建築物に関してデザインや高さ、容積および密度などをある程度規制するなどし て、中途半端な開発を抑制するという方法があってもいいのではないか。
 しばらく走るとサロベツ原生花園の看板が見えたので、とりあえず立ち寄ってみることにした。天塩−稚内ルートから 再び内陸部に入っていくと、牧草地とは少し雰囲気の違う草地が見えてきた。道端にちょっとした駐車場付の小屋が見えた。 そこがサロベツ原生花園だった。小屋の裏から木道が湿原の中に続いていたので、その道をたどって湿原の中を歩いてみた。 ここはサロベツ原野のまっただなか。周りはやたらだだっ広いところで、本当に何にもないようなところ。残念ながら360度 地平線というわけには行かないが、かなり開放感が味わえる。木道の足元には湿原が広がっているのだが、見たところ湿原 というほど水気はない。地下水位が下がっているのか、枯れ草が折り重なって湿原から草原への遷移の途中にあるのかわからない が、どちらにしてもいずれは草原になってしまう運命であることに変わりはない。30分ほど誰もいない湿原の中(もちろん木道上) で過ごしてから、もと来た道をたどり海岸沿いの道に戻った。

 空腹感も忘れてまわりの風景に半ば見とれつつ、稚内を目指して北上を続けた。気がつけば左手の海の上にどっしりと構え ていた利尻富士は後ろに消え去り、人家がぽつぽつと見えはじめた。ちょっとした峠を越えると、稚内市内にたどり着いた。 駅前のコンビニでサンドイッチとコーヒーを買い、駅前の駐車場に車を停めて、ようやく朝食にありついた。時間はまだ午前 9時にもなっていない。先を急ぐわけでもないので、稚内市の北端にあるノシャップ岬に行ってみることにした。
 北海道にはよく似た名前の地名が時々あるが、根室の東端にある日本最東端のノサップ岬と、ここノシャップ岬はいつもどっ ちがどっちだったかわからなくなる。観光地化しているレベルはノシャップ岬のほうが上で、水族館もあるしきれいに舗装さ れた駐車場とちょっとした公園もある。岬自体は海面からほとんど高さの無い平地となっており、灯台は日本でトップクラス の高さを誇るものだそうで、明るく開放感のある岬となっている。一方のノサップ岬は崖の上にある岬で、岬からの展望はい いのだが場所の雰囲気はかなりマイナーなイメージである。
 たいして広くは無いノシャップ岬は、10分ぶらぶらしていたらすぐにひととおり見てまわれてしまう。防波堤に座ってさ らにしばらくぼさーっと海を眺めてから、日本最北端の宗谷岬に向けて出発した。
 稚内の市街地は、車で10分も走るとすっかり人家がまばらになった。稚内から宗谷岬に向かう国道は、海沿いの気持ちのい い道で、左手に見える海はちょうど日本海の東の端にあたるところだ。日本海との最後のドライブデートを楽しみつつ、車を 走らせていくとあっけなく宗谷岬に到着した。国道沿いに設けられた普通の休憩場所のようなところだ。朝早いのであまり多 くの観光客はいなかったが、それでも自家用車のほかにオートバイが数台とまっており、数人が記念撮影をしていた。雲の多 い天気だったので海の向こうに見えるであろう樺太もほとんど見えない状態で、どうものんびり日本最北端を満喫できるよう な雰囲気が無かった。そこで、宗谷岬の背後に広がる宗谷丘陵のほうへ上ってみることにした。

岬のすぐ前の国道から分岐する道をのぼりつめると、広大な牧草地が広がっており、波のようにうねる丘陵がいくつもいくつ も連なっていた。振り返れば遥か向こうに青い海が広がっており、晴れていればさぞかし爽快な光景だろう。牧草地の中を 突っ切る作業道に乗り入れ、すこし丘を下ってみると、緑の丘がはるか先まで続いており、その向こうにはやさしい表情の青 い海、そしてその先は白く霞んで空と交わっている。海と空の境目は不明瞭で、ひとつの大きなキャンバスとなって広がって いた。これが日本の北の果てなんだな。このとき初めて日本の端っこにいることを実感した。最果ての地、しかも最北の地、 その言葉からイメージする寒寒とした光景はどこにもない。おだやかで静かな、大地と空と海の交ざりあう場所、それが宗谷岬だった。
 しばらくその眺めを楽しんでから、再び宗谷岬に下りた。次はいよいよ最東端を目指す旅だ。ここから道は南下するばかり。 日本海とはここでお別れだ。今度はオホーツク海が旅のお供。左手の車窓には常にオホーツクの海が見えている道をひた走る。 オホーツク海に沿って北海道東岸を南下する国道238号線は、日本海沿いに北上する国道232号線よりもさらに人家の少ない道 で、もちろん信号もほとんど無い。宗谷岬を離れてしばらく走るとすぐにまわりは何もないような状態になり、あとはただた だ海を見ながら走るだけだ。30kmも走ると猿払というところについた。猿払原野というだだっぴろい原野のど真ん中にある村 で、国道沿いに立派な道の駅がある。ここには無料のキャンプ場があり、今夜の宿泊地としてはなかなかいいところなのだが、 なにしろ国道沿いなのでちょっとテントを張るには情緒が無い。静かな原野の夜を楽しもうと思っても、夜行トラックが爆音 とともに走り抜けていくのである。もっとも絶対的な交通量はかなり少ないと思うので、ひっきりなしにトラックが走るとい うことはなさそうだが、やはり気分的に楽しめそうに無い。時間的にはまだ夕方までに余裕があるので、さらに先にある千畳 岩キャンプ場までいってみることにした。

 猿払からさらに30kmほど走ると、クッチャロ湖がある。クッチャロ湖の周辺は泥炭地だそうで、なかば湿地帯のようなとこ ろと地図には書いてあるが、実際には広い牧草地が広がっていた。国道をそれてクッチャロ湖を周回する道を走ってみたが、 湖はまったく見えず、ただの田舎道状態だった。国道に戻る途中に前方に虹を見つけたので、写真に撮ろうと車を停めてカメ ラの準備をしているうちに虹は消えてしまった。カメラはいつでもすぐ使えるように助手席にでも置いておくべきだなあと実 感した。とはいえ、一人旅なので助手席は地図置き場であると同時に荷物置き場でもあるので、これ以上カメラを置くとむちゃ くちゃになってしまいそうだ。それに急ブレーキを踏むとカメラがぶっ飛んで壊れかねないし、やはりカメラバッグに入れて おいたほうが何かと安全なのだ。で、結局このときは再びカメラバッグにカメラをしまって、出発した。
 浜頓別の町でクッチャロ湖畔の白鳥公園に寄ってみた。時期はずれの平日、しかも夕方ということもあって人影は無く、さ びしい湖畔だった。キャンプサイトもあったが、中途半端に観光地化されており、設備も今一つだったので、やはり千畳岩ま で先を急ぐことにした。
 クッチャロ湖畔の町 浜頓別を抜けてさらに30kmほど走ったところで、やっと千畳岩キャンプ場についた。ここは国道とオ ホーツク海に挟まれた小さな岬のようなところで、国道から入ってくると間に樹木があるため道は見えず、車の音も聞こえな いので、静かなキャンプが楽しめる。しかもキャンプ場の目の前はオホーツク海が広がっており、少し高さもあるので眺望は 抜群だ。東に向かって開けているので、朝日を真正面から見ることができるだろう。キャンプサイトはきれいな芝生となって おり、衛生的なトイレと炊事場も用意されている。しかも無料なのだから最高だ。本日の宿はここに決めた。
 サイト内には車が1台とバイクが2台、それぞれかなり離れた距離を持ってテントをはっていた。僕も彼らから離れた場所に テントを張り、宿泊の準備を済ませた。テントを張っているときに猛烈な蚊の襲来に悩まされた。テントを張った場所は芝生 のど真ん中で、藪のそばというわけではないのだが、それでもでかい蚊がぶんぶんと飛び回ってうっとおしい。そこで、テン トを張り終えると、夕食と蚊取り線香を買いに近くの枝幸町まで買い物に出かけた。枝幸町は国道沿いの狭い平地にある小さ な町だが、町の中心部には不釣合いなほど立派なスーパーがあった。食料から酒、薬品、本などなんでもそろうスーパーで、 こんな大規模なスーパーが必要なのかと思うほどであるが、夕方ということもありけっこう多くの客がいた。近隣からも集まっ てくるのだろう。弁当とインスタントの味噌汁、次の日の朝食用のパン、ワインのハーフボトルを一本、雑誌を一冊、それに 蚊取り線香を買って外に出た。ついでに銭湯がないかと煙突を探してみたが、さすがに小さな町には銭湯は見当たらなかった。 地図には少し先に徳志別という温泉があるとかいてあったが、わざわざ出かけていくのも面倒なので、タオルで身体をふいて 寝ることにした。
 千畳岩キャンプ場に戻って、さっそくガスボンベを使ってお湯を沸かし、味噌汁を作って、夕食をとった。今回持ってきた テントは5人用の大型テントなので、一人で使うには大きすぎる。まっすぐに立てるほど天井までの高さがあるので、ランプを つるしても結構暗い。テレビもラジオも無く、薄暗い明りの中で食べる夕食は、さすがにわびしさが漂う。どうせ車なのだか らCDラジカセぐらいもってくればよかったと思った。そういえば、明日の天気はどうなのだろうか。昼間はできるだけ車のラ ジオでFM放送を聞くようにしているが、なにしろ町らしい町もないようなところで、まともに聞けるような状態で電波を拾う ことができない。そのため、どうしてもCDを聞くことが多くなり、今日はぜんぜんニュースや天気予報を聞いていない。もっ とも、車のたびなので雨が降ろうが風がふこうがあまり関係ない。まあ、いいか。多少曇っているがとくに困ることもないだ ろう。そうたかをくくって、食後のワインを飲むことにした。
 空腹感も満たされ、アルコールの酔いも手伝って、天気のことなどすっかりわすれて、買ってきた雑誌を読み始めた。その うち眠気が襲ってきたので、歯を磨きに出た。外は暗く静かな夜で、炊事場の明りだけが闇に抗うように光っていた。トイレ の手洗い所で歯を磨き、顔を洗ってからテントに戻った。時間はまだ9時前だが、することもないしさっさと寝てしまおう。 明日は早起きして日の出でもみようかな。でも、天気悪そうだし太陽は見られないかもなあ、などと考えているうちに、いつ のまにか眠り込んでいた。

6、北海道4日目

 夜明け近くに一度目がさめた。テントをぽつぽつとたたく音がする。雨だ。あーあ、やっぱり降ってきたか。これで日の 出は見られないことが確定したし、先を急ぐわけでもないので、雨が上がるまでゆっくりしよう。そう思って再び眠りについた。
 やがて、外がなんとなく騒がしいので目がさめた。どうやら風が出てきたらしい。時々テントが揺れている。雨だけならまだ しも風まで出てきたか。どうやら1日やみそうにないかもしれない。雨の中でテントをたたむのも面倒だし、もう一晩泊まって いくか。そんなことを考えながらうつらうつらしていたら、次第にテントの揺れが激しくなってきた。妙に風が強いなあ。ふと そう思った。オホーツク海はそんなに風が強いのか? などとのんきに考えていたら、ますますテントが大きく揺れ始めた。そ のとき、突然テントの屋根が内側に弓なりにしなって、天井が目前に迫ってきた。「なんだぁ!?」 寝ぼけた頭でようやく外 の様子が尋常でないことに気がついた。台風か? でも、昨日はそんな兆しはまったくなかったのに、まさか。などと思ってい ると、ふたたび天井が弓なりにしなる。ドーム型のテントは支柱がないので、比較的変形しやすいが、外に向かって反り返って いるアーチ状のポールが、なんで内側にしなってくるんだ。それほど強烈な風なのか。どうする!? とにかくポールが折れた らテントはつぶれてしまう。僕は立ちあがると大きく内側にしなろうとするテントを手で支えた。誰かが外からテントを押しつ ぶそうとしているような、そんな感じだ。しかもそれは一人や二人じゃない。強い力でぐぐーっと押される。それを支えている と、押していた力がふっと抜ける。ほっとして手を下ろすと、まるでそれを狙っていたかのように、ふたたび強い力でテントを つぶそうと押し込んでくる。ひとりテントの中でばんざい立ちしながら折れ曲がろうとするテントと格闘をつづけた。こんなところ をビデオにでも撮っていたら、永遠に笑いものだな。不思議と頭の中では冷静だったが、そうかといって他に気のきいた解決策 も思いつかなかった。いや、そもそもそんなことを考えることすら忘れていた。今はただ、テントをつぶさないことだけが 唯一重要なことだった。

 そうやって何分ぐらい支えていたのだろうか。わずか数分のことかもしれないし、もしかしたら数十分そうしていたのかも知 れない。風はますます強くなり、テントは吹き飛ばされんばかりに揺れつづける。こんなこと1日中やってられないぞ。さすがに 冷静になって対処方法を考えた。とにかく、どれぐらいの勢力の台風がどういうルートで来ているのかわからない。もしも超大 型のカゼ台風が直撃なら、テントごと吹き飛ばされかねない。人間一人なら飛ばされることもないだろうが、テントをかぶった 状態になったとしたら、下手をするとヨットと同じ理屈になって、そのままオホーツクの藻屑となりかねない。そりゃやばいな。 天井が床につきそうになるぐらいたわんで揺れつづけるテントの中でいろいろと考えた結果、とりあえず車に避難することにし た。もしもテントが飛ばされた場合に備えて、いちおうテント内のモノはすべてパッキングして、車に移すことにした。荷造り をすませてテント入り口のジッパーを開けたとたんに、ビュホー!という音とともにものすごい空気の塊が飛び込んできた。一 瞬のけぞりながら大急ぎで外に出てジッパーを閉めると、ダッシュで車内に逃げ込んだ。タオルでぬれた身体をふきながらテン トを見ると、支えるものをなくしたテントは、いいように強風にもてあそばれていた。へこんだり、ゆれたりしながら風の中で かろうじてふんばっていた。自立式のテントなのでペグで固定しなくても立っているテントだが、一応きちんとペグを打ってロー プで固定してある。それが幸いした。もしも手を抜いてなにも固定していなければ、いまごろどこへ飛んでいったかわかったも のではない。テントといっしょにキャンプサイト内を転げまわって、崖からオホーツクにダイブしていた可能性だってある。そ うなったらしゃれにならない。
 車に入って安心したので、とりあえず風に翻弄されるテントを記念に1枚写しておいた。人間、安心するとずいぶん余裕が出る ものだ。そのうち寒くなってきたので、エンジンをかけてヒーターをつけた。まだ9月だというのにさすがに北海道だ。暖を取り ながら、今にも空の彼方に飛んでいってしまいそうなテントを眺めながら、どうしたものかと考えていた。しかし、こうなると どうしたもこうしたもない。自然の力の前ではなすすべがないとはまさにこのこと。

 車の中でぼんやりと踊りつづけるテントを1時間ぐらい見ていただろうか。ふっと、我に返ったように脳みそが働き始めた。と にかく、テントをたたんで出発しよう。このままだと本当にテントが飛ばされるかもしれないし、無事だとしてもいつまで続くか わからない暴風雨をじっと見ているのもばかばかしい。どうせびしょぬれになるのだから短パンだけで作業して、おわってからど こかの温泉にでも入ってゆっくりしよう。それがいい。地図で近くの温泉を調べてみた。昨日見た徳志別温泉のほかに、ちょっと 内陸部に入ったところに歌登温泉というのがあった。観光ガイドブックのほうでも調べてみたが、徳志別温泉についてはとくに記 述がない。歌登温泉には健康回復村というレジャー施設があり、日帰り入浴もやっているとあった。これだ。
 そうと決まれば話は早い。短パンいっちょうで外に出た。雨が横殴りにたたきつけてくる。それよりも、寒い。さすがに体温を 奪われる。急いで作業しないと風邪を引いてしまう。通常ならば、順番にペグを引っこ抜き、倒れたテントをたたんでいけばいい のだが、それをすると吹き飛ばされてしまうので、まずはペグを二本だけぬいて、アーチ状に支柱となっているポールを抜き取っ た。その後、暴れまわるテントを何とか押さえつけながら、とりあえず丸め込んだ。たたんだテントはびしょぬれなのでトランク に入れるわけにはいかない。なにかのためにと思って持ってきていた大型のビニールごみ袋につめて、助手席の足元に置いておく 事にした。
 作業には20分程度を要したと思うが、身体はすっかり冷え切ってしまった。とにかく寒い。車の中で着替えを済ませて、思いっ きりヒーターを強くした。それでもなかなか身体から冷たさが消えない。とにかく、これで出発できる。
 2台のバイク乗りのテントは、まだキャンプサイトにあった。彼らはバイクだからさすがに、このまま台風が通り過ぎるのを待 つようだ。一人用の小型のテントなので、僕のテントほどひどいことになっていないし、すぐそばに大きなバイクが止まっている ので、吹き飛ばされる心配はあまりなさそうだ。もう一台の車のテントは、すでになくなっていた。台風が接近する前に早立ちし たようだ。
 残ったテントの無事を祈りつつ、僕は車をスタートさせた。雨も風もひどい状態だが、車の中はいたって快適だ。そういえば朝 食をとっていないので、ものすごくおなかがすいてきた。朝食用にと買っておいたパンを取り出して、車を運転しながら黙って食 べた。
 枝幸町のはずれから内陸部に向かう細い道に入って、しばらく進んでいくと小さな町に出た。歌登の町だ。このころになると風 も雨足もかなり弱まってきていた。これならもうちょっと辛抱すればおさまったかもしれないなあ、と少し後悔しながら車を走ら せた。案内の看板を探しながら山の中へと進んでいくと、うたのぼり健康回復村に到着した。ここは小さなスキー場もあり、1年 を通して自然を楽しめる施設になっているようだ。日帰り温泉は、そのスキー場の入り口にあるホテルのお風呂になっていた。
 温泉はぬるすぎず熱すぎずちょうどいい湯加減で、それは気持ちのいいお風呂だった。決して大きな風呂ではないが、清潔で好 感が持てた。たっぷり1時間ほど楽しんでから、ロビーで新聞を読んだ。やはり台風が接近していた。しかも進路は東向き。この ままでは台風といっしょに東に進んでいくことになる。とはいえ、これから引き返すわけにも行かない。台風が停滞せずに早めに 抜けてくれるのを祈るしかない。

 うたのぼり健康回復村をあとにして、再びオホーツク海沿いの国道に戻った。ここからはひたすら南下していくだけだ。南に下 るにつれて町と町の間隔が短くなり、町の規模も次第に大きくなってくる。やがて流氷で有名な紋別市についた。ここにはオホー ツクタワーとか流氷科学センターとかもあり、少し寄って行こうかと思ったが、天気もよくないし流氷の季節というわけでもない ので、ドライブインで昼食だけとることにした。何を食べたのか忘れたが、ドライブインの食事にしては悪くなかったような記憶 がある。食事を終える頃には雨は完全に上がり、風もほとんどなくなったが、空には相変わらずどんよりとしたくもが広がっていた。
 食事を終えて網走に向けて走り始めると、空を覆っていた雲は次第に切れ切れに飛び散ってゆき、やがて青空が顔を出した。 空の高いところにはうろこ雲が広がり、秋の空が顔をのぞかせていた。まだ9月の半ばだというのに、やはり北海道の夏は短い。 東京のうんざりするような残暑の9月と比べると、季節のメリハリが鮮やかだ。夏は一気にやってきて、あっという間に過ぎ去っていく。 秋が夏のあとを追いかけるように駆け足で訪れている。そして、1ヶ月もすればもう冬がやってくる。まるで、夏も秋も冬に追われて 逃げてゆくかのように早足で、北海道はそういう土地なんだと改めて思った。

 網走の町に入ってからしたことは、とにかく宿探し。台風に翻弄され、びしょぬれになったテントを張る気にはなれない。公衆 電話ボックスの電話帳で安そうなビジネスホテルを探して電話をすると、すぐに予約が取れた。平日だからあたりまえだが、一軒目 であっさりと取れたのは、いささか拍子抜けといった感じだった。時間はまだ夕方にもなっていない。
 それではということで、網走駅の裏にある天都山という山の上にあるオホーツク流氷館に行ってみることにした。巨大な冷蔵庫 のような部屋に本物の流氷が展示してあり、もちろん触れることもできる。ほんのり青い色がまざった流氷は、氷というよりも 雪の塊のような雰囲気だったが、部屋の寒さもあって冬の北海道をほんの少し体験できたような気がした。しかし、それほど長い時間を つぶせるほどのものではなく、一通り見て回ってしまうと他にすることがなくなった。何かないかと地図を探してみると、海沿いに オホーツク水族館があった。さらにその先に能取岬という岬があり、灯台もあるようだ。この二つを回ればちょうどいい時間つぶしに なる。
 そこで、まずはオホーツク水族館へ向かった。ちょっとひなびた感じの水族館で、東京のしながわ水族館や葛西水族館と比べる べくもないが、入館してすぐ目の前にアザラシのプールがあり、つぶらなひとみのかわいらしいアザラシが出迎えてくれた。アザラシ のほかにはこれといって目玉になるような動物はいなかったが、ひとつラッキーだったのはクリオネの水槽があったこと。薄暗い水槽 の中で小さな天使がふわふわと遊泳しているさまは、なんとも不思議な雰囲気に満ちていた。クリオネのほかに珍しい動物がもうひとつ いた。どういうわけかイヌワシのケージがあった。水族館なのになぜ? と思ったが、まあ、オホーツク海とイヌワシはセットのような ものだから、意外と違和感は少なかった。

 水族館で1時間ほど遊んだあと、能取岬に向かった。別にこれといって有名な岬ではなく、いったいどんなところかは行ってからの お楽しみだったが、これが意外といい感じ。広々とした岬の突端に立つ灯台は、白と黒のツートンカラーで、そこそこの高さがあった。 岬の突端は断崖になっていたが、絶壁というほどではなくゆったりと海を楽しむことができた。あいにく空には雲が多くスカッとした 青空は見えなかったが、晴れているとかなりきもちのよさそうな場所だ。ピクニックにちょうどいいかもしれない。
 帰りは岬の反対側に出て、サンゴ草という草を見に行った。湖の岸辺に群生する草で、秋になると真っ赤に色づくらしい。 ついたときはすでに夕方で、しかも雲が厚くなってきたため、せっかく赤く色づいたサンゴ草もいまひとつ沈んだ色で鮮やかさがない。 まあ、こればっかりはどうしようもないので、早々に引き上げて宿に向かった。
 ホテルは網走駅に近いところにあり、すぐにわかった。しかし、網走駅は網走市の中心街からは離れているため、付近にはあまり ご飯を食べられそうな店はなく、ラーメン屋で夕食を済ませた。帰りにコンビニで朝食とビールを買って帰った。ビジネスホテルといって も、けっこう年季の入った建物で、つくりもちょっとレトロなホテルだったが、ベッドのシーツは真っ白でぱりっとしており、なかなか 気持ちのいい寝心地だった。買ってきたビールを飲みながら、明日の予定を考えた。ひとまず、知床方面に行き、知床五湖を見てから 羅臼に抜けよう。そのあとは野付半島のトドワラに行って、あとは時間次第だな。大まかな予定を決めたころにはビールの酔いも回って、 気持ちのいいシーツを感じながら眠りに落ちていった。

つづく

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