あわや、オホーツクの藻屑!? 〜 北海道自動車旅行 その4

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7、北海道5日目

 心地よいベッドでたっぷりと寝たおかげで、翌日はすっきりと目が覚めた。10時のチェックアウト時間ぎりぎりまで のんびりと過ごして、網走の町を出発した。
 市街地を抜けるとすぐにオホーツクの海が見えてきた。海沿いの国道を知床半島目指して走る。空はあいかわら ず雲に覆われてすっきりしないが、それでも台風はぬけたので次第に天候も回復してくるだろう。道路は良く空いてい るし、やっぱり信号が少ないので、一定の速度を保って快適に走ることができた。
 斜里町を過ぎて、知床半島の沿岸に沿って走っていくと、やがて海沿いに大きな滝がある場所に着いた。オシンコシ ンの滝である。駐車場と公衆トイレが整備されているので、ちょっとした休憩にちょうどいい場所だ。オシンコシンの 滝は、海岸のすぐそばにそびえる岸壁を流れ落ちる大きな滝だ。岸壁はやや傾斜を持っているので、落下するというよ りも滑り落ちるという感じの滝で、滝を間近に見ることができる場所まで遊歩道が整備されており、カメラを持って登っ てみた。豪快な滝を間近に眺められるのでなかなかいい場所だったが、あいにくの曇り空で爽快感はいま一歩だった。 あとで知ったのだが、この滝の上を旧道が通っており、そちらからだとオホーツク海を背景に滝を真上から見下ろすこ とができるとか。写真を撮るのならこちらのほうがいいかもしれない。
 道はいつしか宇登呂の町に入っていた。宇登呂はこぢんまりとした漁村だったころの名残がわずかに残っていが、町の 背後にある丘の上には大きなホテルが並んでおり、観光開発の波が押し寄せていることを感じた。海岸沿いの道路からは 沖合の三角岩がよく見えた。この岩は羅臼の町の西方にあるので、夕焼け空を撮るときにはいい被写体になりそうだ。し かし、空はどんよりとした曇りで、夕焼けは見えそうにない。残念ながら三角岩の向こう、オホーツクに沈む夕日は次の 機会までのお預けということになりそうだ。
 羅臼の町を抜けて、知床半島にさしかかると、道は一気に原生林の中に入っていく。まだ町の家並みがすぐ近くに見え るところで、シカに出会った。道端の山の斜面で草を食んでいた。車が通っても驚く様子もなく、悠然としている。かと いって餌付けされているわけでもない。車をとめて写真を撮ろうと近づいてみた。さすがに警戒してこちらを見ているが、 それでもすぐに逃げようとはしない。北海道上陸以来、初めて野生動物と遭遇した瞬間だった。車から降りて少し近づき ながら数枚写真を撮ったが、結局彼らは逃げ出すことともなく草を食べ続けていた。なんだか自分の存在が彼らに受け入 れられたような気がして、少しうれしくなった。
 あまり動物相手にのんびりしていると時間がなくなるので、シカが背後の森に向かい始めたところで知床五胡を目指し て出発した。知床五胡とは、森の中に五つの湖があるところで、知床の観光名所としてはもっとも有名なところだ。湖の 周りには遊歩道が整備されており、3パターンの周遊コースがある。一番短いのは一湖だけ見て帰ってくるもの。次が一 湖と二湖を巡るコース。これが所要時間40分ぐらいだっただろうか。五湖すべてをめぐるコースは確か1時間以上かかる コースだったように記憶している。入り口に立派な無料駐車場があり、きれいなトイレと観光土産や軽食がある売店も 営業していた。遊歩道の入り口には大きな看板が設置されており、それによると熊が出没するので一人で行くときは鈴を 持つなど気をつけるようにとのこと。ちょっとびびってしまうが、日中であれば人も多いのでそれほど恐れることはない。 とはいえ、全体をめぐるコースを歩く人は当然のことながら少ないので、二湖から先に行く場合は鈴など音が出るものを 身に着けておけば安心だろう。鈴は入り口の売店で販売されている。携帯ラジオは、雰囲気がぶち壊しになるので、他人 の迷惑を考えて使用しないほうがいい。
 遊歩道には上り下りはなくほとんど平坦な道なので、時間が許すのであればぜひ五湖すべてを巡ってみたい。一湖、ニ 湖が基本的にはハイライトなので、ここを巡るだけでも十分きれいだが、このあたりは団体観光客が大勢いるので、静け さとはまったく無縁の状態だ。ここで一番きれいな風景は、二湖から三湖へ向かう遊歩道だと思う。ここは二湖の向うに 知床連山の姿を見ながら歩くことができるので、知床の雄大な自然を満喫できる。三湖はさらに森の奥深くにあって神秘 的で、森の中を巡る遊歩道を歩くと気持ちがいい。四湖は小さな池なので期待過剰は禁物だが、最後の五湖はほかの湖と 違って水草が水面を覆う独特の雰囲気がある。人がいないとやや怖い感じもするが、シーンと静まり返った湖の雰囲気は、 深山幽谷の趣もあり悪くない。このときはお昼近くだったので、平日とはいえかなり観光客も来ていたが、二湖から先は 人もまばらで静かだった。
 たっぷり2時間ほどかけて五湖めぐりを楽しんだあとは、ここからさらに奥にあるカムイワッカ湯の滝に行ってみること にした。観光のガイドブックなどを見れば必ずといっていいほど紹介されているが、川が温泉になっていて、滝つぼがそ のまま天然の露天風呂になっているところだ。道路から少し川をさかのぼらなければならないらしいが、それでもやはり 一度は浸かってみたい温泉だ。
 知床五湖からしばらく走ったところで、今度はキタキツネに出会った。道路の真ん中でうろうろしていたのだが、さす がに車の出現にびっくりしたのか、ガードレールの向こう側に逃げ込んだ。しかし、そのまま姿を消すことなく、草の間 からこちらをじっと見ていた。このキツネは観光客によって餌付けされてしまったのかもしれない。静かに車を止めてカ メラを持って出てみたが、あいかわらず草の間からこちらを見ている。3枚ほど写真を撮って、もっと近づこうとしたら、 キツネはぱっと身を翻して草むらの中に消えていった。どうやら餌付けされていたわけではなく、単に好奇心があっただ けのようだ。こうしてすぐ近くからまじまじとキツネを見たのはこれが初めてだが、以外にかわいい顔をしていると思っ た。当たり前のようにシカやキツネに出会うことができる知床の環境がうらやましくなった。もっとも、熊にだけは会い たくないものである。
 やがて、カムイワッカ湯の滝の入り口に着いた。驚いたことに、たくさんの自動車が狭い林道の脇に駐車されており、 川の登り口には滑り止め効果の高いわらじのレンタル屋まである始末。学生らしき連中が集団でうろうろしているし、こ の調子なら滝つぼは人が大勢いて騒々しいことだろう。なんだかすっかり興ざめしてしまい、少し通り過ぎたところでU ターンして、そのまま帰ってきた。早朝などの、人の少ない時間に来なければ静かな天然露天風呂を楽しむことはできな いようだ。
 林道を引き返して、国道334号線との交差点まで戻ってきた。再び宇登呂の街までもどって夕日を見るまで時間をつぶす か、それとも知床峠を越えて知床半島の反対側にある羅臼町まで行くか。できることならオホーツクに沈む夕日を見たい ところだが、空は厚い雲に隙間なく覆いつくされている。どうやら夕日を見ることはかないそうにもない。それならば羅 臼に抜け、知床半島の最奥にある相泊(あいどまり)まで行ってみよう。海岸には無料の露天風呂もあるようだし。
 知床林道から国道334号線を左折して、知床峠までの道を登っていく。道は非常に整備が行き届いていて、原生林をぬっ てのぼっていく快適なドライブルートだ。この道は、通称、知床横断道路とも呼ばれており、知床半島の真ん中にそびえ る羅臼岳の下を越えて西岸と東岸を結んでいる。知床峠は、そのもっとも高いところ、標高738mの羅臼岳を間近に望む 場所にある。ここからは、はるか彼方の国後島がよく見える。あの島のあるところは外国なんだと思うと、外国旅行をし ているかのような感覚にとらわれた。日本に住んでいると、直接外国を、というよりも国境を意識することはまずないが、 ここは強くそれを意識できるところだ。千島列島の島々が日本のものかどうかなどということはどうでもいいことで、道 東のこのエリアは国境の町という雰囲気のある場所だということが、なんだか新鮮な気持ちにさせる。天気はあまりよく ないが、空気は比較的よく澄んでいて、太平洋の向こうに国後島がくっきりとその姿を見せていた。ロシアもあまり開拓 されていない千島列島を観光資源として利用することを考えて、日本と共同で羅臼や根室から観光船を出すぐらいのこと を検討してもいいのではないかと思う。夏場の限定的なものでも、結構利用客があるのではないだろうか。もしもそうい うものがあれば、僕なら間違いなく利用する。
 羅臼岳を背景にして記念写真を撮った後、知床峠を下り羅臼の町まで降りてきた。羅臼の町は宇登呂ほど観光地化されて いない町で、普通に土地の人の生活を感じられるようなところだ。特別見るところもないので、そのまま素通りして知床半 島の奥にある相泊に向かった。途中、北海道指定天然記念物のヒカリゴケが自生するマッカウス洞窟というのがあったが、 あまり興味がわかなかったので通り過ぎた。国後島を右に見ながら、海沿いの道を進んでいくと、セセキ温泉の看板があっ た。海岸の岩場の中に岩風呂のような湯船らしいくぼみが2つばかりあり、干潮時だけ利用できる。このときは干潮時で利用 しようと思えばできたが、更衣室も目隠しもなにもない露天風呂なので、さすがに駐車場から素っ裸で歩いていくわけにも 行かず、かといって水着で風呂に入るというのはあまり気が進まないこともあり、入浴はあきらめることにした。 セセキ温泉から1kmほど先に行くと、今度はちゃんとした囲いのある相泊温泉というのがあったが、あいにくこのときは 使用禁止になっていた。この日は温泉には縁がなかったようだ。
 相泊温泉を過ぎてすぐに、道は小さな集落に入って行った。そのまま進んでいくと、「これより先道なし」の看板があり、 確かに道はそこで終わっていた。海岸のほうへ降りる道があったので念のため行ってみたが、倉庫に続く道でしかなかった。 ここが日本最東北端の地ということだ。最果ての地というのはどこに行っても独特の郷愁がある。道がそこで終わり、その 先には進むことができない。ここまで来たという達成感と、これで終わりという寂しさとが入り混じった不思議な感覚。行 き止まりの看板の前に車を止めて、しばらくその無情な言葉を見ていた。この道は確かにここで終わりだけれど、これです べてが終わりじゃあない。道は幾千万とあるのだ。終わりはまた、始まりでもある。振り返れば、そこから道が始まってい た。よし、今度は野付半島を経由して根室まで行ってみよう。そう思ったところで、お昼を食べていないことに気がついた。 すぐそばには、うまい具合に食堂があった。しかも、トド肉を食べさせてくれるらしい。貧乏旅行とはいえ、ここでしか味 わえないものぐらいは食べておこうと思い、その店に入ってみた。客はほかには誰もいなかった。がらんとした店内の椅子 に座ってメニューを見てみると、トド肉をつかった焼肉定食があった。物は試しと、それを注文した。出てきた定食は、見 た目にはとくに変わった様子もないただの焼肉定食だったが、食べてみるとさすがに変わった味がした。なんというか、獣 くさいのである。日ごろ食べなれている肉と違って、明らかに舌になじまない感覚だ。しいて言えば、クジラのもっと癖が あるような、そんな感じ。ただし、クジラのような旨味はあまりない。とはいえ、まずいかというとそうでもない。なんだ かへんな肉だった。
 おなかがふくれたところで、いざ出発だ。もと来た道を引き返す。今度は国後島を左手にしたがえて、海岸沿いを南下する。 羅臼の町からはドライブに最適な国道335号線をひた走る。1時間近く走ったところで、左手に野付半島の突端へ向かう道の分 岐が見えた。野付半島は、知床半島と根室半島の間に突き出たひげのような小さな半島で、海流が作り出した砂州のような半 島だ。人家もほとんどなく、ススキの原が広がるなかを太平洋に向かって走っていくと、やがて白骨化した森が右手に見えて きた。ここは、ナラワラとよばれており、かつてミズナラの森だったところが水没して枯れ木の森と化したものだ。といって も、一面枯れ木というわけではなく、背後にはまだ枯れていない森がある。そのせいか、あまり観光地っぽくなく、小さな駐 車場がぽつんとあるだけだった。ナラワラからさらに走ると、道は行き止まりになる。そこが、野付半島原生花園である。原 生花園とは、いってみれば自然のお花畑のようなところだが、さすがに9月の下旬になるとただの草原にしかみえない。ここに 車を止めて原生花園の中を15分ほど歩くと、トドワラがある。ナラワラと同じように、トドマツの森が水没・枯れ死したもの で、ここは湿地のようなところに枯れ木の森が広がっている。ゆっくり見てみたいところだったが、時間はすでに5時を回って おり、すでに夜になろうとしていた。昼間、空を覆いつくしていた雲は、いつの間にかきれいさっぱり消え去っており、太陽 が地平線に沈もうとしていた。今から街灯もない原野の道を15分も歩いていくと、帰りは真っ暗闇だ。原生花園のはるか向こ うにかすかに見えるトドワラを眺めながら、今度来たときには、朝からゆっくり見てやろうと思った。一面のススキの原を赤 く染めながら、太陽がゆっくりと西の山並みに没していった。空は黄色から橙色へ、そして赤色へとその色を強め、それを追 いかけるように藍色がゆっくりと深まりながら残照の空を塗りつぶしていった。ぽつんぽつんとともり始めた街灯が寂しさを 運んでくるようで、ほかの車のヘッドライトすら見えない草原の真ん中に、僕は立っていた。ここもまた行き止まりだ。そして、 始まりでもある。走り出し、道の終わりで立ち止まり、そしてまた走り出す。なんだか、ずっとそんなことを繰り返している ような気がする。しかし、ずっと一本道の旅なんてあり得ない。行きつ戻りつしながらゆっくりと先へ進めばいい。そんな感 傷めいたことを考えたのは、枯れ木の森が広がる場所だったからだろうか。
 車の周りはすでに闇の中に沈みつつあった。マップランプの赤い光が暖かく手元を照らし出す。地図をみながら今日の宿を どこにするかを考えた。一昨日の台風でぐしょぐしょにぬれたテントは、まだビニール袋に押し込んだまま助手席の足元に押 し込まれている。そろそろこれを乾かさないと、東京まで濡れたまま持ち帰る羽目になってしまう。となると、どこかキャン プ場を探してそこでテントを張るのがいい。一番近くてよさそうなのは、根室半島の付け根にあるキャンプ場だ。有料だが、 料金は高くないし、道路からすぐのところにあって便利もいい。なにより、ちょっと走れば根室市内だから、食事もできるし、 もしかしたら銭湯か温泉ぐらいあるかもしれない。
 ということで、根室市を目指して出発した。野付半島からすぐのところ尾岱沼(おたいとう)温泉というひなびた温泉があり、 そこで風呂に入ってから根室に向かえばよかったのだが、食事をすることを優先したために野付温泉は素通りしてしまった。 真っ暗な夜の道を1時間強走り続けて、ようやく根室市にたどり着いた。駅前に車を止めて食事ができそうな店を探したら、す ぐ近くによさそうなところが見つかった。このときは確か、うにいくら丼を食べたような気がする。値段は1500円ぐらいした だろうか。相場としては高くはないが、コンビニ弁当なら400円程度で済むところだ。ちょっとふんぱつし過ぎたかもしれない。 食事を終えたら今度は風呂探しだ。街の中を車で流してみたが、それらしい煙突もないし看板もない。書店があったのでガイド ブックでも見て探してみようと思ったが、あいにく根室市内には日帰り温泉施設はないようだ。銭湯もないらしいし、どうやら 風呂はあきらめざるを得ない。こんなことなら尾岱沼温泉で入浴してくればよかった。と、悔やんでみても後の祭り。仕方がな いので、キャンプ場に向かうことにした。
 根室半島の付け根の辺りに温根沼(おんねとう)という大きな沼がある。キャンプ場はそのすぐそばにあった。かなりわかり にくい入り口だったが、看板が出ていたのでなんとか探し当てた。キャンプ場には芝生のキャンプサイトのほかに、バンガロー も数棟あったが、どれも電気はついていなかった。管理棟に行ってテントを張りたい旨を伝えると、管理人のおじさんはバンガ ローが空いているからそちらにすればいいとすすめてくれた。しかし、テント一張ならわずか数百円(確か400円ぐらいだった) ですむが、バンガローとなると数千円(3000円ぐらいと言っていたような気がする)だ。お金もかかるし、そもそもテントを乾 かすことが目的だから、ここでバンガローに泊まるわけには行かない。ということで、バンガローは丁寧にお断りして、テント の申し込みを済ませた。
 テントサイトに行ってみると、3張ほどのテントがすでに張ってあった。車が1台駐車場に停まっていたが、ほかはバイクツー リングの様子だった。真っ暗闇の中でテントを張るのも大変なので、キャンプサイトの入り口、駐車場のすぐそばにある場所に テントを張ることにした。街灯の明かりがあるので、懐中電灯などつけなくても十分作業ができた。しかし、雨にぐっしょりと ぬれたテントは思いのほか広げるのに苦労した。しかも、ようやくテントを立ち上げてみると、内部には水がたまっている始末。 これでは、寝ることもできないので、車に積んであったトイレットペーパーを使って、テント内部の水分を拭いて回った。これ だけでも、軽く20分はかかっただろう。結局、なんとか寝られるようになるまで40分近くを要したことになる。時刻は21時に近 かった。
 キャンプ場に来る途中に買ったビールを飲んで、ようやく一息つくことができた。テレビもラジオもないテントの中では、酒 でも飲んでとっとと寝てしまうに限る。ベッド代わりに持ってきたビーチマットを膨らませて、タオルケットを引っかぶって眠 りについた。
 しかし、夜中にふっと目が覚めた。時間は午前3時頃だった。目が覚めた理由は、寒いのである。しかも肌寒いというようなも のではない。本当に寒い。まるで、冬が来たかのような寒さ。タオルケット一枚ではまったく役に立たない。しかし、シュラフは 持ってくるのを忘れてしまったので、これ以上体にかけるものはない。もちろん、長袖のセーターとか防寒の役に立ちそうな服も ない。あるのは、念のためにと持ってきた、薄手の長袖シャツ1枚。なぜなら、今はまだ9月下旬にさしかかったばかりの時期だか らだ。東京では真夏と変わらない気温なのだ。北海道はそれよりも多少寒いとはいえ、まさかここまで寒いとは思いもしなかった。 もしも、いままでの車中泊やテント泊でこれほど寒かったのであれば、間違いなく毛布を買っているだろう。というよりも、根室 市内で安宿でも探して宿泊したに違いない。昼間は半袖でまったく問題のない気温だったのだから、寒さ対策など微塵も考えなかっ た。とはいえ、寒いものは寒い。これではとても寝られたものではない。車に行ってヒーターをかけて寝ることも考えたが、エン ジンをかけっぱなしにすることになるので、ガソリンがもったいない。であれば、テント内でストーブ代わりにガスバーナーを焚 くしかない。幸い、5人用の大きなテントなので、少々火を焚いてもテント生地までは十分な距離がある。酸欠さえ気をつければな んとかなるだろう。そこで、テントの入り口を少し開いて通気口を確保したあと、バーナーに火をつけた。広いとはいえそこはしょ せんテントである。すぐにテント内は暖かくなった。ひとまず、寒さに震えることはなくなったが、さすがに火をつけっぱなしに して熟睡はできず、寝返りなどでバーナーをひっくり返さないようにテントの端にビーチマットを移動させて、ときどきうつらう つらしながら朝を迎えた。落ち着いて考えれば、北海道の気候は長野県の山岳地帯と同じようなもの。しかも、根室を中心とする 道東地域は寒流の千島海流がぶつかるところだ。寒いのは当然だ。翌朝、車のラジオで天気予報を聞いたら、最低気温はなんと10度 だという。9月下旬ともなると、北海道はもう冬が間近なのだということを改めて知った。そういえば、大雪山の初雪も、毎年9月末 から10月初頭の頃だった。

つづく

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